PoCを超え、金融インフラへ――HSC Conference Ho Chi Minhで考えるブロックチェーン実用化の現在地
2026年8月15日(土)、ベトナム・ホーチミン市で開催されたブロックチェーンカンファレンス「HSC Conference Ho Chi Minh」に、当社営業戦略本部 シニアマネージャーの金籠が登壇しました。
セッションのテーマは、「Business Blockchain Adoption: Moving Beyond Pilots into Real Financial Infrastructure(ビジネスにおけるブロックチェーンの導入:実証実験を超えたリアルな金融インフラへの移行)」。銀行、決済事業者、ブロックチェーンインフラ、資産トークン化、学術研究など、各分野の専門家が集まり、ブロックチェーンを実証実験で終わらせず、実際の金融インフラとして定着させるための条件について議論しました。
本稿では、セッションで交わされた議論を通じて見えてきた、ブロックチェーン金融の現在地と、ベトナム市場における可能性を紹介します。
本セッションの主なポイント
- ブロックチェーンは「本番導入」のフェーズへ: 技術検証の段階を終え、RWA(Real World Assets:現物資産 )やトークン化預金など、実際の金融・経済活動への適用が進んでいる。
- 普及の鍵は「法的確実性」: 技術力だけでなく、既存の法律や業務フロー、制度との整合性が、金融機関が導入に踏み切るための最大の安心材料となる。
- ベトナム市場のポテンシャル: 生産・貿易といった「リアルな実体経済」を持つベトナムは、クロスボーダー決済などブロックチェーン社会実装の有力なフィールドになり得る。
ブロックチェーンは「技術検証」から「本番導入」へ
パネルディスカッションでは、過去10年間に数多く実施されてきたブロックチェーンの実証実験を振り返りながら、なぜ現在、「本番規模のインフラ」が現実的なテーマとなっているのかが議論されました。
5年前は、「ビットコインを購入すべきか」「この資産をトークン化できるか」といった問いが中心でした。
現在は、RWAのトークン化、トークン化預金、機関投資家向けの運用商品、クロスボーダー決済など、実際の金融・経済活動への適用が進んでいます。
その背景には、規制環境の整備、機関投資家の理解と成熟、そしてブロックチェーン技術がPoCを脱し、本番品質に到達したことがあります。
HashgraphのAPAC代表 Jeffrey Tchui氏からは、政府や金融機関が、オンチェーンインフラの特性や、既存のレガシーシステムに対する優位性を理解し始めたことが指摘されました。また、RMIT大学のDr. Minh Nhat Nguyenは、ブロックチェーンが既存金融システムの外側にあるのではなく、現物ビットコインETFをはじめとする既存の金融インフラに組み込まれ、安全性、信頼性、拡張性が問われる段階に入ったと説明しました。
PoCから商用化へ――重要なのは「法的確実性」
当社金籠からは、トークン化預金を商用化するまでの経験が共有されました。本番導入において特に重要だったのは、法規制上の位置付けを明確にすることです。ステーブルコインについては、2023年に改正資金決済法が施行され、準備資産の取り扱いやトラベルルールなど、実務面での整理が進みました。
一方、トークン化預金は既存の銀行法の枠組みに位置付けられ、預金保護やAML/CFTの対象であることが明確です。こうした法的確実性が、金融機関がPoCから本番実装へ進むうえで大きな安心材料となりました。
技術的に発行・移転できることだけでは、金融機関や企業の業務に組み込むことはできません。会計処理、税務、コンプライアンス、運用体制など、既存の実務との整合性が不可欠です。ブロックチェーンを金融インフラとして定着させるには、技術と制度、そして現場の業務を一体として設計する必要があります。
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なぜトークン化預金なのか――既存金融システムとの親和性
当社金籠からは、ブロックチェーンを活用するうえでトークン化預金を選択した理由として、「銀行にとって預金がビジネスの根幹であること」が挙げられました。
- ステーブルコインの強み:スピードや柔軟性に優れている。
- トークン化預金の強み:既存の金融制度や銀行業務との親和性が高く、企業にとっても会計・税務・AML/CFTの面で整理しやすい。
トークン化預金は、銀行預金をデジタル化する仕組みです。既存の二層通貨構造と整合し、預金を通じた信用創造を維持できる点も重要な論点となりました。今後は、ステーブルコイン、CBDC、トークン化預金が、それぞれの強みを生かしながら共存していくことが想定されます。特に、ホールセール型CBDCは、トークン化預金の取引における最終決済ファイナリティを担う基盤として、トークン化預金を補完する役割を果たす可能性があります。
技術的に可能な商品と、商業的に価値のある商品
CentrifugeのIevgen Postavskyy氏は、トークン化をめぐる議論の変化について説明しました。
5年前は、「このアセットをトークン化できるか」という技術的な問いが中心でした。しかし現在は、「ブロックチェーンやトークン化の仕組みが、機関投資家の役割やニーズに適応できるか」が問われています。
トークン化の対象も、不動産から、CLO(Collateralized Loan Obligation )、米国債、クレジットファンド、社債などへと広がりを見せています。
しかし、「技術的にトークン化できること」と、「商業的に価値があること」は同じではありません。機関投資家やオンチェーンのトレジャリー(資金管理部門)が求めているのは、単なる新技術ではなく、以下のような実務的な条件です。
- 十分な収益性と高い安全性
- 短期間での流動性(T+0またはT+1での決済)
- 明確な償還・解約手続きと、投資後の出口戦略
つまり、金融領域におけるブロックチェーン活用では、「トークン化できるか」だけでなく、「誰に、どのような価値を提供できるか」が厳しく問われています。
決済の本質は「摩擦の削減」
将来の金融インフラでは、ステーブルコイン、トークン化預金、CBDC、既存の規制された決済網が共存すると考えられます。Jeffrey Tchui氏からは、決済の本質は「摩擦の削減」であり、利用者は決済の裏側でどのレールが使われているかを必ずしも意識しないとの見方が示されました。
重要なのは、技術そのものではなく、具体的な顧客課題を特定することです。
例えば、日本で働くベトナム人が給与を受け取り、母国へ送金する際には、手数料、処理時間、手続きの複雑さなどが負担になる場合があります。
日本・ベトナム間の送金や企業間決済に対して、オンチェーン、オフチェーン、あるいは両者を組み合わせたハイブリッド型の仕組みを導入できれば、利用者が実感できる価値を生み出せます。技術を導入すること自体が目的ではなく、既存の決済に存在する摩擦をどのように減らすか。その視点が、商用化に向けて重要になります。
ベトナム市場に広がる可能性
ベトナム市場については、若い人口、高い経済成長率、強い製造・輸出基盤が大きな魅力として挙げられました。ベトナムが生産経済からハイテク・サービス経済へ移行するためには、海外からの投資を呼び込む金融市場インフラの整備が重要です。投資リスクを低減するためには、債券市場を含むキャピタルマーケットの基盤が不可欠となります。
また、ベトナム政府が国際金融センター構想やRWAのトークン化を推進していることも、今後の成長要因として注目されます。RWAのトークン化が進めば、資産の発行・流通だけでなく、それを支える現地通貨建ての決済手段も必要になります。こうした背景から、現地通貨建てのトークン化預金には大きな可能性があります。
日系企業はベトナムに多くの現地法人、工場、子会社銀行を展開しており、日本とベトナムの経済的な結び付きは強固です。そのため、日本・ベトナム間の決済コリドーには、大きな事業機会があると考えられます。
ベトナム独自の強みと、学術機関に期待される役割
Dr. Minh氏は、ベトナムはシンガポールなどのモデルをそのまま模倣する必要はないと指摘しました。
ベトナムは高い暗号資産採用率を持つ一方、年間約9,300億ドル規模の貿易・生産経済との結び付きも有しています。
シンガポールなどがアイデアや金融商品の創出拠点だとすれば、ベトナムは製造、輸出、クロスボーダー決済といった「リアル経済」の実証フィールドになり得ます。
そのためには、銀行や決済事業者などの機関同士を接続し、データを整合させる仕組みが必要です。データ共有の基盤がなければ、既存のデジタルサイロが再生産されてしまいます。
また、分散型技術を導入したとしても、システム障害やサイバー攻撃が発生した際の責任が消えるわけではありません。責任の所在や対応体制を、制度・契約・技術の各側面から明確にする必要があります。
学術機関には、産業界と政府の間をつなぐ「知識の翻訳者」としての役割が期待されます。サンドボックス、共同研究、政策提言、教育を通じて、技術の可能性を制度設計へ、制度上の要請を実装要件へと落とし込むことが求められます。
PoCの先にある、金融インフラ
今回のパネルディスカッションを通じて見えてきたのは、ブロックチェーン金融の競争軸が、単なる処理速度や手数料の比較から、制度、業務、データ、流動性、そして国境を越えた接続性へと移っていることです。
トークン化預金、ステーブルコイン、CBDCは、今後それぞれの特性に応じて共存し、相互運用されていく可能性があります。その先にあるのは、決して「技術ありき」で構築されたシステムではありません。企業間決済、送金、RWA、資本市場といった現実の経済活動を、より速く、安全に、低コストで接続する金融インフラです。日本とベトナムの経済的な結び付き、ベトナムの成長性、そして現地で進むデジタル金融政策を踏まえれば、両国間の決済コリドーは、ブロックチェーンの実用性を検証する有力なフィールドとなるでしょう。
当社は今後も、国内外のパートナーとの連携を通じて、ブロックチェーン技術の社会実装と、より利便性の高い金融インフラの実現に取り組んでまいります。
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