【前編】トークン化預金とステーブルコインの本質的な違い
【編集部注】: 本稿は、2026年4月に公開されたデジタル通貨フォーラム特別インタビュー(全3回)における山岡浩巳座長のインサイトを、ビジネス・産業DXの視点から構造化・再編集したものです。
価値を安定させる構造の違いを紐解く
2008年のブロックチェーン登場以降、この技術を金融インフラ、とりわけ支払決済分野へ応用する取り組みが世界中で進められています。その中で最近頻繁に耳にする言葉が「トークン化預金」と「ステーブルコイン」です。
ともにデジタル通貨として語られがちなこの2つは、どのように違うのでしょうか。デジタル通貨フォーラムの山岡浩巳座長のインサイトをもとに、ビジネス・産業DXの視点からその本質的な違いを解説します。
1. 「ステーブルコイン」の定義の変遷と世界的な趨勢
まず留意すべきは、「ステーブルコイン」という言葉がこれまで多義的に使われてきたという点です。
初期の定義(広義): ビットコインなどの暗号資産は価値の変動が激しく決済に不向きだったため、もともとは「価値を安定させる仕組みを含む暗号資産」を広く指していました。ここには、安全流動資産による裏付け資産を持たないもの(2022年に暴落したTerra/LUNAなど)や、アルゴリズムによって供給量を調整するものも含まれていましたが、これらは法定通貨からの乖離(ディペッグ)を招き、金融システムに混乱をもたらしました。
現在の世界的な理解(狭義): こうした教訓から、現在の規制監督は「安全流動資産による額面以上の裏付けを持たないものは、ステーブルコインではなく暗号資産である」という捉え方にシフトしています。例えば、2025年7月に米国で成立した「ジーニアス法(Genius Act)」も、米ドル建てステーブルコインに対して額面以上の安全流動資産による裏付けを明確に義務付けています。
これらを踏まえた、現在の世界的な最大公約数的理解は以下の通りです。
-
ステーブルコイン(Stablecoin, SC) 名目価値以上の安全流動資産(短期国債や中央銀行預金など)を裏付け資産とし、主に非銀行により発行されるデジタルトークン。
-
トークン化預金(Tokenized Deposits, TD) 銀行預金をブロックチェーン・分散台帳技術によりデジタルトークン化したもの。
2. 価値を安定させる仕組み:「商業銀行モデル」vs「ナローバンクモデル」
両者は「価値の安定した支払決済手段を作り出す」という目的は共通していますが、そのバックボーンとなる信頼のメカニズムが根本的に異なります。
|
比較項目 |
トークン化預金(TD) |
ステーブルコイン(SC) |
|
基礎となるモデル |
商業銀行モデル(近代以降の伝統的システム) |
ナローバンクモデル(20世紀後半の理論) |
|
価値安定の根拠 |
銀行規制、預金保険、中央銀行の「最後の貸し手(LLR)」機能 |
中央銀行預金や短期国債などの安全流動資産を裏付け資産とすること |
|
主な発行主体 |
銀行(既存の強固な制度的裏付けを活用) |
主に非銀行(信託などを通じた倒産隔離スキーム) |
既存の制度に守られた「トークン化預金」
銀行の債務である預金は、自己資本規制や流動性規制といった厳しい銀行規制のもと、常に中央銀行債務(現金など)と等価で(at parity)交換できる制度的裏付けを持っています。このように、確立された信頼に裏付けられた預金に新技術を応用するアプローチです。
安全流動資産による裏付け資産を持つ「ステーブルコイン」
銀行規制や預金保険ではなく、裏付け資産を倒産隔離された信託等に置くことで価値の安定や信頼の確保を目指します。
※ナローバンクが現実のモデルにならなかった理由: 安全流動資産は貸出等に比べて収益率が低く、ビジネスとしての収益性を持続的に確保することが難しかったことが指摘されています。また、銀行が敢えてステーブルコインを発行するインセンティブは生じにくいと考えられました。これは、銀行が保有する安全流動資産を敢えてステーブルコインのためだけに裏付け資産として隔離すると、裏付け資産を持たない通常の預金との間に信用力の差が生じ得るためです。
3. 現行の金融「二層構造」および信用創造機能との関係
この価値安定モデルの違いは、現代の通貨システムの中核である中央銀行と商業銀行の「二層構造」および「信用創造機能」への影響に直結します。
- トークン化預金: 「預金」そのものであるため、現在の金融システムの「二層構造」や銀行の信用創造(与信によって預金を増やす機能)をそのまま維持することができます。これにより、マクロ経済の成長や景気変動に合わせて弾力的に決済手段の供給をコントロールすることが可能です。
- ステーブルコイン: 短期国債や中央銀行預金を裏付け資産とする場合、金融の二層構造を介さずに決済手段が提供される形となり、信用創造機能は持ちません。その供給量は、あらかじめ積まなければならない裏付け資産の量に制約されることになります。
(後編へ続く)
掲載元:デジタル通貨フォーラム:「トークン化預金」と「ステーブルコイン」、どう違う?
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-1.html
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-2.html
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-3.html

山岡 浩巳
この間、国際通貨基金日本理事代理、バーゼル銀行監督委員会委員なども歴任。

