【後編】トークン化預金とステーブルコインの本質的な違い
目次
【編集部注】: 本稿は、2026年4月に公開されたデジタル通貨フォーラム特別インタビュー(全3回)における山岡浩巳座長のインサイトを、ビジネス・産業DXの視点から構造化・再編集したものです。
法的アプローチと「単一性」から紐解く、ビジネスDXへの適材適所
前編では、トークン化預金(TD)とステーブルコイン(SC)の「価値を安定させる仕組み」や「金融システム上の位置づけ」の違いについて整理しました。後編では、それらの移転に関する法的アプローチ、国際決済銀行(BIS)による評価、そして具体的なビジネスへの用途について深掘りします
4. 保有や移転に関する法的・技術的アプローチの違い
ブロックチェーン技術を用いて、分散型環境の下で二重譲渡を防ぎながらデジタル化された価値の移転を行う点では、両者は技術的に類似しています。しかし、この「デジタルトークン化」を既存の制度的枠組みのどの類型に寄せて捉えるかによって、法律構成には大きな違いが生じます。
トークン化預金:【口座型 / アカウントベース】 銀行送金における「消滅・発生構成(送金のたびに対象口座の残高を書き換える法理)」を当てはめることになります。すなわち、トークン化預金の移転に伴い、関連するすべての預金口座簿が新しい残高に書き換えられるという構成を指向しています。実務上、利用者は銀行口座を保有していることが想定されます。
ステーブルコイン:【持参人払式証券型】 権利を紙に化体させた持参人払証券(bearer instrument)に寄せたアプローチです。「デジタルトークンの占有(秘密鍵の管理など)が移転する」という形に近い構成が目立ちます。銀行口座を持っていなくても、台帳ネットワークに参加していれば利用できますが、一方でKYC、AML/CFT、犯罪・不正利用の防止をいかに行うかが課題となります。
5. 国際決済銀行(BIS)が掲げる3要件と「単一性(Singleness)」の検証
国際決済銀行(BIS)は2025年6月の論文において、通貨が満たすべき要件として
①単一性(Singleness)
②弾力性(Elasticity)
③健全性(Integrity)
の3つを提示した上で、ステーブルコインはこれらの要件を満たさないと評価しています。特に重要な論点が「単一性」です。
「単一性」とは何か?
異なる銀行間で決済を行う際、A銀行の預金100万円とB銀行の預金100万円、さらに現金100万円が「全く同じ価値を持ち、互換性(fungible)がある」状態を指します。各国は中央銀行を設立し、銀行規制や預金保険制度を整備することで、異なる銀行の預金であっても「いつでも現金と等価交換できる制度」を構築し、この単一性を確保してきました。
ステーブルコインが単一性を満たさない理由
ステーブルコインはそれぞれ特定の裏付け資産をもとに発行されているため、投資信託のように個別性を免れません。 例えば、100%短期国債裏付けのステーブルコインは、現金化の際に市場で売却する必要があり、市場環境次第では「額面通りで直ちに」現金化できるとは限らないため、厳密には100%中央咽喉預金裏付けのステーブルコインと同じではありません。そのため、厳格な意味での単一性は満たさず、価値が法定通貨から乖離する「ディペッグ」のリスクをゼロにはできません。
※補足:単一性が問題にならないケース
暗号資産投資の間の待機資産として使う場合や、新興国・途上国を含む外国送金時のブリッジとして用いる場合、ステーブルコインを現金や預金、他のステーブルコインなどと交換するニーズは考えにくく、また、暗号資産価値変動や外国送金のコストの方がステーブルコインに生じ得る価値変動よりもはるかに大きいと考えられ、単一性を厳密に満たさないことが大きな障害となりにくいと考えられます。実際、現在のステーブルコインの需要の殆どがこれらのケースだと捉えられています。
6. 支払決済手段としての「健全性」と「具体的な用途」
重さや体積による物理的な制約を受けずに多額の取引が行われ得るデジタル通貨において、インフラへの信認を維持するためには、KYC(顧客確認)やAML/CFT(反マネロン・テロ資金供与対策)の対応が不可欠です。
健全性、KYC・AML/CFTへの対応
- トークン化預金: 利用者がもともと銀行口座を保有していることが前提となるため、銀行がすでに行っているKYCやAML/CFTの対応実務をそのまま適用・拡張できます。
- ステーブルコイン: 銀行口座と切り離され、かつ「持参人払式証券」に近い構成をとるため、匿名性が高くなりやすい性質があります。そのため、KYCやAML/CFT、犯罪・脱税・不正利用の防止などの対応を別途講じていく必要があります。
特性を踏まえた適材適所の用途
これらの特性の違いは、そのままビジネスにおける使途の違いに結びついています。
■ ステーブルコインの主な用途
- 暗号資産投資における退避資産
- 新興国・途上国を含む海外送金
- Web3空間での利用
■ トークン化預金の主な用途
- 企業間の支払決済(BtoB)
- プログラマビリティ(自動実行機能)を活かした、物流・商流と決済の高度な自動連携
- デジタル資産取引
- 地域通貨、行政事務、貿易取引、環境価値取引などでの活用
7. 結論:次世代金融インフラにおける銀行預金の重要性
さまざまな国際的議論を経て、ブロックチェーン・分散台帳技術を金融インフラへ応用していく上でも、通貨の備えるべき単一性・弾力性・健全性などの観点から、「やはり銀行機能と預金の活用が重要である」という認識が世界的に共有されつつあります。
中央銀行と商業銀行の「二層構造」によって単一性を備えた支払決済手段を供給するシステムは、歴史的な試行錯誤を経て今や世界中が採用するに至った堅牢なインフラです。デジタル通貨フォーラムにおける検討においても、これからの金融インフラをデザインしていく上では、堅固な単一性・弾力性・柔軟性を備えた銀行預金およびこれを支える二層型の通貨システムを、新しい技術によってイノベートしていくことが望ましい、との結論を導き出しています。このような、既存のインフラのメリットを最大限活かすとともに新たな技術を取り込んだ金融インフラの上で、次世代の産業DXを推進していく必要があると考えています。
掲載元:デジタル通貨フォーラム:「トークン化預金」と「ステーブルコイン」、どう違う?
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-1.html
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-2.html
https://www.decurret-dcp.com/dc-forum/column/interview/forum-interview202604-3.html

山岡 浩巳
この間、国際通貨基金日本理事代理、バーゼル銀行監督委員会委員なども歴任。

